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♪ 音楽と言葉を愛する、歌作り人、遠野ルカの「窓」へようこそ ♪
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閉じこめられていると気付いたのは、窓のせいだった。
それまで私は満ち足りて幸福だった。ママは優しかったし、部屋はあたたかだった。ほかに望むものがなかった。
だが、ある日、ママがでかけてしまった日のこと。家の中には私だけだった。私は、おもちゃのボールで遊んでいて、カーテンの下に転がしてしまった。拾いに行き、カーテンを持ち上げるようにして潜り込み、顔を上げた時。
余りにも青い空。
私は引き寄せられるように、外に出ようとして、ガラスにはばまれた。窓には、鍵がかけられていた。かたく。
私は身動きできなかった。世界は広かった。
「なにしてるのさ。」
しわがれた声に話しかけられ、私はガラス越の真っ黒な存在に気付く。
「あなた誰?」
「おいおい、まず自分から名乗れよ。」
変なことを言うなと思いながら、私は答える。
「ケイコ。」
「俺はカラスのガー。ケイコか、冴えない名前だな。」
私だってこの名前は余り好きじゃない。壁に貼り付けられた写真。アイスクリームを食べて笑う女の子とママの引き延ばされた写真。
「お姉さんと同じ名前なの。」
ガーは興味なさそうに、「ふぅん」と首をかしげた。
「ね、私、外に出たいんだけど。あなた出してくれない?」
ガーはバカにしたように、「できるわけないだろ。」と言った。
私はがっかりした。
「でも、チャンスはある。」ガーは意味深に言った。

真夜中、地面から話し声が聞こえることがある。1人はママ。もう1人は誰か知らない低い声。大概、声は夜の中で、曲線をゆったり描くようにして、いつも揺らいでいる。けれど、この曲線は、たまに、不穏に尖り出す。
「ケイコはもういないんだ!いい加減にしろ!」
低い声が怒っている。
「なにを言ってるの?ケイコは戻ってきたじゃない。あの子は、ケイコの生まれ変わりよ、どうしてわかってくれないの!」
「馬鹿!そんなことある訳ないだろう。」
ママが高い声を上げて泣きだす。低い声はそれっきり黙り込む。
私は、低い声の主に賛成だ。どうしたって私はお姉さんの代わりにはなれない。私は鏡の前で途方にくれる。
誰も誰かの代わりにはなれないのだ。そう、たとえ、どんなに願っても。

ガーはママがいない頃を見計らって遊びに来るようになった。
「どうして、ママがいないときばかりに来るの?」
と、聞くと、
「俺たちは嫌われ者だからね。」
と、当たり前のように言った。
「ねぇ、やっぱり、私、外に行きたい。」
ガーはくちばしで羽を整えながら、
「やめとけ、やめとけ。外は、お前が思うほどいいもんじゃない。」と言った。
「そんなの、分からないじゃない。」
「寝る場所も、食べるものもあって、なにが足りないんだよ?」
ガーに言われ、私は考える。色々と思い浮かぶことはあったけれど、言葉にすることは難しかった。
「どっちにせよ、鍵がかかってる。でられないさ。」
「チャンスがあるって言ったじゃない。」
ガーは気の進まない様子で「まぁねぇ。」と曖昧に答える。
「教えて、どうすればいいの?」

昼間は、眠い。特にママの作るご飯を食べた後は気持ちよくなって、なにもかもが溶けてしまいそうなほど、どうでもいい。気付けば深い深い眠りに落ちてしまっている。
ーそう、いつもなら。
でも、今日は違う。ご飯は食べず、見えないところに隠しておいた。そして、ベッドの上に寝そべり、いつものお昼寝のふりをしていた。
やがて、ドアの鍵が開く音がした。ママだった。ママは私が眠っていることを確かめるようにのぞきこむ。それからそっと、私の頭を撫でた。ママの手は、とても痩せている。
写真のママは、もっとふっくらしている。お姉さんと写っているママは、今の何倍も幸せそうだ。私はぎゅっと胸が痛くなる。
しばらくして、ママは立ち上がりカーテンをめくる。鍵をはずし窓を開ける。外からの新鮮な空気が部屋に流れ込む。

ガーの言うとおりだった。
「俺は、前にこの窓を女が開けるのを見たことがある。髪が長くて目がぎょろっとした女」
「ママよ。でも、おかしいわ、ここは私の部屋だけど、そんなの一度も見たことない。」
「おまえがいないときか、寝ているときだろうな。」
「いないときなんかないもの。お昼寝の時かな。」
「多分。」

私は起き上がり、全速力で走り、ママの足下をすり抜ける。窓のヒサシに足をかけ、自分でも驚くほど身軽に外に飛び出した。
「ケイコ!だめ!」ママが叫んだ。
「戻ってきて!」
私は振り返る。ママの泣きそうな顔を見て私も悲しくなる。ママは、私を追いかける方法を探すように、キョロキョロと辺りを見回したり、窓枠に触れたりする。でも、ママは私を追いかけて来られない。ママはあの窓から、こちら側には来られないのだ。
いつの間にか、ガーが近くの木の枝に止まっていた。
「本当にやったんだ。」ガーはからかうように言う。
「でも、いいのか。あの人、泣いてるぞ。」
私はうなずく。
「ママのためなの。私がいちゃ、だめなの。」
屋根の上には光がまんべんばく降り注いでいた。私には充分な広さだが、ママが追いかけて来るには、ここは狭くて、斜面が急すぎる。
私はもう一度ママを振り返る。ママはぐったりと窓にもたれかかっていた。私は改めてママのことを、どれだけ愛していたかに気付く。でも、だからこそ去らなければならない。
「ニャー」
私は最後の一声をママに向けて鳴く。
さよなら、ママ。
 
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