新しいスニーカーだと、ミチオくんが余り自慢するので、ぼくは少しいたずらをしたくなった。
今にして思えば、何であんな考えなしのことができたのか、不思議で仕方ない。
多分、当時のぼくは、ミチオくんへのコンプレックスで、相当鬱屈していた。もちろん、いいわけにもならないが。
三時間目のビデオ学習タイムに、ぼくは教室を抜け出し、ミチオくんのスニーカーに、家から持ってきた『びっくり胡椒』をたっぷりふりかけた。
次の授業は体育で、何か面白いことが起きればいいなと思った。
体育は、走り高飛びだった。だんだん高くなっていくバーを前に、リタイアが続出する中、ぼくとミチオくんが最後まで残った。
だが、ぼくは、あっさりとしくじった。バーはカラカラと味気ない音をたてて落ちた。
次にミチオくんが、すぅと息を吸い込んで走り出した。砂埃が舞い上がり、地面が、勢いよく蹴られた。
「あ」
ミチオくんは、そのまま空へと、飛び上がった。高く速く、逆さまの流れ星みたいに。
やがて、その姿は雲間に吸い込まれて見えなくなった。
大騒ぎになった。
ヘリコプターがぶんぶんうなりながら、学校上空を、毎日旋回した。
ぼくは、誰にも自分のしたことを言えずに怯えていた。
ばれるんじゃないかということ、ミチオくんのこと、どちらも心配で心配で、生きた心地がしなかった。
長くて短い3日間が過ぎ去り、ミチオくんは戻ってきた。
不用意な絵の具がキャンバスにぽつりと落ちるように、何の前触れもなく彼は校庭に現れた。
ミチオくんは、空での3日間については、なにも覚えていないと言った。
それから20年後、ぼくとミチオくんは親友同士で、時々お酒を飲みに行く。
ある日、居酒屋で彼は不意にこう言った。
「あの3日間は最高だった。」
今更ながらに、ぼくは少し驚く。思わずビールの炭酸にむせた。
「覚えてるの?」と聞くと、ミチオくんはうなずいた。
「じゃぁ、何で、あの時、なにも覚えてないなんて言ったんだ?」
ミチオくんは、枝豆を食べながら笑った。
「彼らに内緒にしとけって言われたんだ。でも、この間、久しぶりに逢ったら、もう話してもいいって。」
ぼくは、それ以上聞かなかった。ミチオくんも深くは語らなかった。
世の中には知らないほうがいいことがある。
ちなみに、彼の仕事は宇宙飛行士だ。
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